空と雲と山歩き

空と雲と山歩き>山で想うこと

「遠い山なみの光」


カズオ・イシグロ「遠い山なみの光」
遠い山…それぞれの思い 
白山信仰と数字


越前 玉泉寺白山神社
今年は白山開山1300年 
山座空撮


いままでたくさんの飛行機に乗りました
楽しみは空から眺める 雄大や山山…贅沢な風景です
『山がくれた百のよろこび6』
< 大きな山も一歩から >

山頂での達成感とはなにか!
自分の足の一歩一歩が…山頂という高見へ
『山がくれた百のよろこび5』
< 山の空 >

初の3000m峰でみた、山頂からの空。それ以来、空と雲と山歩きに魅了され続けています。
古い山小屋、雨、砂礫と帽子、山頂、そして…山の空
『山がくれた百のよろこび4』
< 黎明 >

夜明け前のほんの一瞬
静寂の世界が変わるその一瞬に
光と影のはざま
松島と個人的復興支援
松島 大高森と七ヶ浜町復興支援ボランティア

2011年3月11日からもう1年と数か月。
仕事での復興支援業務はやっと終わりが見えてきました。
でも、企業はともかく町や村の復興はまだまだ先が見えません。
少しでもお役に立つべく、復興支援ボランティアに初めて参加しました。
自分の手で土をお越し、瓦礫を除去し…
『山がくれた百のよろこび3』
<山には何が?>

「山にはなにがある」と時々 聞かれます。
山歩きをしている人にそれを聞くのは、失礼千万(笑)
でも、良く考えたら 都会からなにも考えずに山に足を踏み入れた人には、ごく普通の疑問かもしれません。
さて、私はなんのために山を歩くのか? 永遠のテーマである。
みろくの里“瞑想岩”で想う
2011年12月12日 ホームグランドの大谷山をゆっくり歩き考え事。
ゆっくり歩けば、いろんな“をかし”が発見できます。
みろくの森を見下ろす場所に大岩があります。
私称で“瞑想岩”と呼んでおります。
いろんな悲しい思いも、ここからの景色が癒してくれます。
東日本大震災に想う
2011年3月11日(金)東日本大震災が起こりました。
マグニチュード9.0、日本での観測史上最大の地震です。
その被害のすさまじさは想像を超え、現場にたった感想は「言葉にならない」です。
たとえ、1000年振りのことだっとしても、あまりの酷い惨い。
日本で世界規模で支援の輪が広がっています。
会社命ではありましたが、現地は支援に行ってきました。ひとしきりの活動の中、“青葉の森”も歩きました。
そこには氷河時代も生き抜いたカタクリの花が咲き始めていました。
こんな花に、人が負けるわけにはいきません。
人類の英知が試される時です。
『山がくれた百のよろこび2』
<恩師と山歩きスタイル>
高校の恩師の思い出と山歩きスタイル
私の山歩きの原点です
2010年6月13日
『山がくれた百のよろこび1』
(2010/2/28作)
<山のゆたんぽ>
「山がくれた百のよろこび」山と渓谷社 になぞらえた
自分の山での思い出、その一。
2006年秋、北岳での山小屋の出来事。
山小屋の楽しみ。
ストーンサークル
(2009/11/21)
2009年の秋はいつも以上の強風で、あっという間に黄葉が落葉してしまいました。
ほんとうに驚くほどに見事に散った。
地形図も手にいれ、気持ちよく歩いていると意外な人口物を発見。
「ストーンサークル」です。新石器時代の遺物。
たぶん4000年〜5000年前の欧州人が造ったものです。
この辺りが歴史の表舞台にでてくるのは、たかがだ400年〜500年前、それを考えるとはるか昔からこの石はここにあったのです。
数千年ここにある!それだけで偉大です。
いったいここで、古代人はなにをお祈りしていたのです。
冬枯れの森で、思いは数千年の彼方へ。
名もない村で
(2009/2/21)
まったく名もない小さな村を少し歩きました。
アルデンヌの 丘陵地帯の谷あいにある、ほんとうに何もない村でした。
この写真もひなびた村のなんでもない古い家です。
なんでもない2軒の長屋、古色蒼然としたレンガ、規則的にならぶ玄関と3つの窓。
窓の周りは窓枠でも変えるときに入れ替えたのでしょう、新しいレンガに囲われています。
それぞれの部屋には、レースのカーテン、それぞれにいろんなものが飾ってあります。
お人形、観葉植物、花瓶、カップ。
なんだかバラバラなようで、こうやってみると調和が取れている。
部屋の1つ1つの詳細は伺いしれないけど、なんとなく人間味のある感じ。
私にとっては、たいへん印象的なこの“壁”、今パソコンの壁紙になっています。
ベルギー 最高所
(2008/12/21)
ベルギー王国の最高標高地点です。
標高694m、6mの階段をつけてちょど700mの高さとなります。
周りは先日降った雪が根雪となり、地表を覆っています。
標高の割には寒冷の気候なので、一部はアイスバーン状態です。
散策道もあるにはありますが、楽しむ雰囲気ではありません。
この台地に続く針葉樹林帯とその先には湿原地帯が広がるばかりです。
それにしても、この国の最高所、皆から忘れられてのか、標識もなく名所にもならず。
その上、場所はこれより高い展望台?を備えた食堂の裏です。
過去に、こんな階段を造るぐらいですから、最高所という意識はあったのでしょう。
時代が変り、欧州共同体(EU)が出来、国境はあってなきが如しになってから、さびれてのだろうか?
人が造りだす国境という縄張りの産物でしょうか、こんなところからも“国のあり方”を考えされられます。
ツエルマット
(2008/8/5-9)
08年8月5-9日、スイスアルプスのど真ん中、標高1600mの村 ツエルマットです。
マッターホルンをはじめとした4000m級山々に囲まれた谷底の村です。
だた、人口約6000人、登山者を含む観光客120万人!
アルピニスト、トレッカー、だだの観光局がこの小さな村にあふれています。
登山鉄道やロープウエイで手軽に3000m以上へ伸び、そこから先にアルピニストの世界もあるからです。
アルプス超の中継村にすぎなかった寒村が、ウインパーの初登頂以来大きく成長してきました。
様々な規制の下、村は風景が保たれ、花が飾られ、様々な人々がその魅力に取り付かれ世界中から集います。
日本人団体客もその主たる構成員です。
私も高校以来の“憧れの地”でもあります。とても満足できるトレッキングも堪能できました。
でもこんな山奥の奥に、なにやら“異様な華やかさ"でもありました。
スプリング エフェラルメ
(2008/3/15)
08年3月15日、ブリュッセルの森に春を探しに歩きました。
まだまだ本格的に咲いていませんでしたが、2つ3つ見つけました。
スプリング エフェメラル!
コミヤマカタバミ!
本当に日本と似ています。
結構、花は日本もヨーロッパも似ているものも多いらしい。
花の種の伝搬ルートにつき、壮大な花の旅につき思いをはせます。
カメ 外来種と日本種
(2007/12/23)
07年12月23日、家のカメを四天王寺へ放生供養しました。
来年からの欧州赴任に伴いカメを四天王寺の“亀の池”へ預けに行きました。
このカメはおそらく、クサガメで中国や韓国からはるか昔に輸入された種であると思われます。ニホンイシガメが純粋な日本固有のカメのようです。
ところが、近年ミドリガメと呼ばれるかわいい小さなカメがペットショップで大量に売られていますが、このほとんどはミシシッピーアカミミガメです。
四天王寺の“亀の池”には1000匹以上の亀がいますが、知らぬ間に9割以上がこのカメに占領されているようです。 御祈祷をすませてから、私たちの亀もこの池に放生されると思いきや、
「これは日本種なので、大事に奥の極楽浄土の庭へ放ちます。」とおっしゃいます。
なにが日本固有種でなにが亜種でなにが外来種なのか?
山や川や湖にも外来種は結構いる。
野山のセイタカアワダシソウは?、湖沼のブラックバスは?
いつかは何百年もたてば、それも日本固有種と呼ばれるのだろうか?
ニホンイシガメだって、遠い祖先は中国から来たのでは?
まあ、そんな難しいことより、うちのカメ(ぺぺ)が“極楽浄土”で、“日本固有種”と共に幸せにくらすことを祈るのみです。
縄文遺跡と八ヶ岳
(2007/10/8)
07年10月 八ヶ岳の尖石遺跡を訪れました。
縄文中期の土偶です。
この辺りは縄文時代の遺構や遺跡が多く、国の特別史跡に指定されています。
標高1000mの高地でありながら、動植物に恵まれ、石器の材料である黒曜石の産地で、諏訪湖を西に抱えるこの地は、雪も少なく住みよい土地だったのでしょう。
約5000年の時を経て、発見されたこの土偶。
27cmの完形、大型の妊婦らしく、埋納された状態で中央広場にありました。

良く観るとちょっと不思議な形です。
目が釣りあがっているし、手も短い、お腹から脚への線が意味ありげにまるっこくなっています。
稚拙にも見えるこの造形には、きっとなにかのメッセージがあるはず。
謎の多い縄文時代ですが、弥生時代になると稲作に向かないここは衰退していきます。
その時、残さたこの土偶、いったい我々になにを物語りかけているのか?
思いは5000年前に巡ります。
名前は「縄文のビーナス」、 わが国最古の国宝です。
山岳遭難に思う
(2007/09/1)
07年北アルプス 常念岳へ行きました。
一ノ沢渓谷をいく、江戸時代から猟師や山に携わる人が利用したコースです。
本流は広く長く深く、たくさんの支流を横通岳・前常念などの高山より集めてきます。
ここは、冬は雪崩の巣となるらしい。
「沢を下るな」は鉄則らしいですが、常念乗越は両端が高山の為、暴風のときはエスケープルートとならざるを得ないときがあるようです。
ここで、3人のパーティがここで命を落としたフィクション「いまだ下山せず!」を読みました。
驚異的な山仲間の捜索劇の末、このあたりで半年後遺体が発見されています。
夏はこんなに天気が良く、花が咲き、沢に水が溢れ、きらきらしているのに。
冬は人をも寄せつけぬ危険な谷となるのです。
そう思うと、空も沢も花も、ちがった景色になります。
ここで遭難され命を落とされた方々に合掌。
マムシ一考察
(2007/07/15)
昨日、裏山でマムシを発見しました、葉っぱの上で昼寝をするメスマムシです。
「マムシに注意」の看板は良く見かけるが、たいていは“看板倒れ”と思っていました。
平地から山奥までどこでもいますが、水場周辺に出てきたり、渓流で見かけることが多く、基本的には夜行性だが、夏になると胎生したメスが日光浴目的で出て来るそうだ。
アオダイショウ・シマへビ・ヤマカガシより個体数は少ないし、隠れていることが多いのであまり見かける機会が少ないのかもしれない。
特に“7月のマムシには要注意”とは胎生したメスが出てくるからでしょう。
本土で最も危険なヘビですが、基本的にはおとなしいのです。
人間が彼女達のテリトリーを犯すわけですから、彼らの生活様式の理解は必要です。
クマは熊よけ鈴で警告を出せますが、マムシは難しい。
「マムシに注意!」の看板をあなどらず、足元への注意を怠らないと改めて思うのです。
山には何がある?
(2007/07/01)
最近読んだ本に、徳本峠から上高地ルートが紹介されていました。
上高地までバスが入る前は松本側からのメインルートです。
徳本峠からの穂高連峰は絶品らしい。
作者が感動しながら、下った先は賑わう「上高地」です。若い女性の声が耳に入った。
「何も無くてつまんない。」
私も良く似た経験があります、御嶽を下ってきて、ロープウエイの到着駅でこれから山に登ろうとしている若いカップリに聞かれました。
「山頂には何があるの?」
そう、見る人によっては山にはなにもない。
私にいわせれば、壮大な景観、森吹く風、豊かな動植物、美しい花〃、かぐわしい森の香り、鳥の囀り、歴史や文化なんでもあります。
「人は見たいものしか見えない」これは真理か!?
(写真は2003年上高地と焼岳)

野草盗掘
(2007/5/13)
この春山の季節、野草の盗掘への“怒りの看板"を発見しました。
「春蘭を取るな」ではなく「・・・来ないでください」です。
朱文字の文言、気持ちが本当にたいへん良く伝わってきます。
今年は野草の勉強を楽しんでいますが、やっぱり野草は、その野に自生する姿が美しい。
今月は妻の誕生日や母の日で、花屋で観賞用の花を買い花束にしてもらいます。
これは華やかで美しいし、ある瞬間は周りを癒してくれますが、永遠ではない。
自然に自生する花はある意味永遠です。
一年草にせよ多年草にせよ、その環境が変わらぬ限り、数日でその花は枯れますが、子孫を残しまた次の年に咲くのです。
そう思うが故にその花はまた美しくはかなく思うのです。
看板の存在故、野草の魅力につき改めて考えさせられると共に、心無いハイカーに怒りを感じるのでした。

花の名前
(2007/3/18)
ショウジョウバカマ、猩猩袴。ユリ科ショウジョウバカマ属。
早春の裏山で発見しました。
殺風景な雑木林の中、尾根の低木根元に、鮮やかなみごとな花をつけていました。
図鑑やインターネットで調べると、いろいろ面白い花です。
花の色は淡紅色から恋紅色まで変化が多く、白色もあるようです。
「猩猩」は中国の想像上の怪獣で、赤い顔をした好色で酒の好きな類人サル。
ショウジョウバエの由来もここから来ている。
「袴」は下部の根生葉を見立てたものらしい。
植生は垂直分布が広く、海岸から2800m(立山など)でも観ることができるとか。
スミレなど結構、花の名前は高山では「ミヤマ…」「タカネ…」とか名前が変わるが、これは変わらない。
一つの花をとっても、タツナミソウのように姿形から興味深いものもあれば、この花のように、名前の由来が面白ものもあります。
可憐で美しい花には人はいろんな興味を抱き、想像して、名前を付け、また後世のわれわれがそれを楽しんでいるんだなァ。

大空からの山々
(2007/2/11)
出張時の機上からの「白山」です。
約8000m程度から約2700mを見下ろすことになります。
高度差5000m以上あるわけですが、それ以上の差を感じます。
以前、木曽駒ケ岳に上ったとき、御岳山(100mも高いはず!)が眼下に見たのと同じ感じです。
原因は地球の丸みと気差(空気の密度差による光の屈折率)によるものらしい。
10Km程度で8mの高度差になるらしので、気差が想像以上に大きいということか!?
視覚ってものは距離が離れるほど、当てにならないということです。
まあ、そんな理屈は横に置きつつ、飛行機から眺める山々はすばらしい。
特に冬山は!近くから見るのも大迫力でこれに勝るものはありませんが、上から全体を眺めるのもなかなか良い。
特に周りに高い山もないこんな山は裾野を含め全体が見えるので、地図を立体的に眺めているようで好きです。
子供のようにはしゃぎながら、窓にへばり付いて観てよく見ています。
良く考えれば日本三大霊峰を見下ろすなんて恐れ多いとは思いながら・・・。

満月(2007/2/3)
2007年2月2日の満月です。
昨年秋に八甲田山中で宿泊した際、田代平で牛の放牧をしている方がいました。
彼は半年間、町からはなれ1人で見渡す限りの放牧地で牛の世話をしています。
当然夜は電灯のある小屋以外は暗く、月と星が明るく綺麗な夜でした。
おじさんとと2人で夜空を見上げ、「星が綺麗ですね」と口にしたら、
「今度の金曜日(2日後)は十五夜、明日は晴れだ(青森弁でしみじみと)」
となにげなく言ったのです。
普段、月齢など意識もしない私にはその言葉はとても新鮮でした。
日々を山で生活したいる人にとって、夜空にある月の光は特別な意味があるのでしょう。
闇を照らす満月の月明かりに感謝し、月夜に照らされる自分の存在を再確認できるのでしょう。
月と人、電灯の無い昔はもっと密接な関係にあるべくしてあったのだと満月を見るたびに、あのおじさんと月を思い出します。

峠の物語(2007/1/28)
最近(1/27)、ブログ上で上越と上州の峠:三国峠での悲しい物語についての会話をしました。
峠は“山の上と下”と書く国字で、山の坂道を登り詰めた所。
タムケ(手向)の転、道祖神に手向けをするからが語源。
昔は峠が国境になることも多い、私の近くにも内津峠という尾張と美濃の峠があります。
私の思い出の地は野麦峠、飛騨と信州の境です。
飛騨の貧しい農家の娘達が身売り同然に信州岡谷の製糸工場へ売られていく。
飛騨と信州は山奥深く、相当の苦労をして野麦峠を超えるはずです。
もしかしたら故郷へ帰れないかもしれない、故郷を振り返りきっと涙したことでしょう。
女工哀史で有名な「ああ野麦峠」(山本茂実)の碑やお助け茶屋がいまでも残っています。
この史実を知ってから高校時代(30年近く前)に野麦峠から乗鞍に登りました。
足元の熊笹を見ては、彼女達の苦労に思いを馳せ、飛騨側の展望が利くところでは、
「ああ飛騨が見える」といって息を引き取った“政井みね”の思いが胸を熱くしたものです。
昔は峠とはそういう悲しい物語が起こる場所だったのです。
高校時代の山の写真を見返しながら、そんなことを思うのでした。

旅の仏師-円空
山岳修行僧であり仏師でもある円空
2007年1月に2度も美濃の瓢ガ岳(1163m)麓の「円空」誕生の地を
また訪問しました。 木彫りで野性味あふれる円空仏像(円空連合HPより拝借)で有名です。
なんとも不可思議な微笑みではないですか。
江戸前期、美濃の山奥、木地師の子として生まれ、その師や名前の由来も不明の謎の多い仏師なのです。
旅の修行僧となり、一宿一飯の恵みをとりながら、道南・東北・関東・近江を廻ったそうです。
生涯掘った円空仏は12万体!美濃に残存するだけでも千体を下りません!
美並村に修行をした 粥川寺と隣接地に「円空ふるさと館」があります。
ここには円空仏が100体ほどあり、どれも魅力的です。
特に薬師如来が2体ありましたが、やっぱり不思議の微笑みです。
美濃では 窟ごもりで修行をしたらしい。
時代は江戸前期、政権も安定しはじめ、新興の神社仏閣が創建が盛んな頃、中世の修験道が復活していたようです。
美濃のこの山奥のこので彼はなにを思い仏像を彫ったのでしょうか。
修行僧の気持ちになろうと洞窟から外を眺めましたが、煩悩の塊の私なぞには到底あの微笑の意味するところはわかりません。
このあら削りでありにもかかわらず、慈愛に満ちたあの表情は円空の心の鏡であることはまちがいがありません。

地熱発電
温泉天国 九州。
筋湯という日本一の打たせ湯の温泉が九重山地にあります。
06年秋に家族で温泉旅行に行きました。
その奥に小松地獄なる源泉があり、そこに地熱発電所があります。
原子力や火力のように、原材料がいらない!
太陽光・風力・波力と違い24時間365日エネルギーが安定している!
ただ、調査開発に莫大な費用がかかるらしい。
原油高の昨今、国産でまかなえるこのエネルギーは見直されています。
温泉大国・技術大国の日本にはうってつけの電力発電方法ですよ!
硫黄の匂いと水蒸気にむせながら、日本の将来はまだまだ明るいと思う温泉旅行でした。

世界遺産
世界自然遺産。白神山地。
太古からの自然がそのまま残る世界最大級のブナ林。
確かにすばらしい。特に紅葉の時期にいったので感動しました。
ただ、遺産に登録されるやいなや、駐車場や案内板が立派になる、人が押し寄せる。
私が訪れた時も登山バスツアーの方々が大挙して押し寄せていた。
登山道は荒れる→整備される→自然でなくなるのサイクルがまわってしまう。
とくにこの地は特別な景観や地形はない。
ツアーの方は表面だけをみて、「普通の山だ」と思って帰ってしまうだけかもしれない。
ここには、自然のサイクルが太古からまわっている姿が残っているのだ。
幸か不幸か、世界遺産の核心部には許可制で入れない、世界遺産は保護されている。
いかにすばらしかを皆に知ってもらいながら、自然を保護するか、大きな課題でしょう。

雷鳥
特別天然記念物。氷河期の残存種。
日本には約3000羽しかいないとされる。
私自身20年前乗鞍以来、ひさびさに遭遇した。
よく見れば親子連れ。うしろで“ガー”と子供が親を呼ぶ。
この不思議な鳥。
氷河期の動物が故、この高山帯という過酷な環境でしか生きていけない。
環境に適応できないまま、限られた環境に住み、進化していない種なのです。
この鳥を見て、登山者は「かわいい」とか「めずらし!」とか、いいますが いずれは絶滅する可能性の高い種なのです。
そう思って、この写真を眺めると、悠然と空を眺め胸をはるこの姿に悲哀を感じるのは私だけではないでしょう。

タツナミソウ
花に興味をもった最初の一枚。
タツナミソウ、立浪草。
打ち寄せる波頭に見立てた名だそうだ。
すっくとたったこの姿に惚れました。
神様はなにを思って、この形にしたのだろう。
この花の微妙な紫色、波頭の形、葉のつき方、どういう意味があるのだろう。
物事に意味がないものはないと思っているが故、ひとつずつが不思議です。
きっと学術的には意味があるのでしょう。
もし、わかっていないのなら、やっぱり花って不思議な生き物です。

夕日と本能
裏山の物見岩からの夕日です。
娘と夕日を見に行こうと大岩から一緒に眺めています。
巻層雲でしょうか?太陽が雲にちょうど沈んでいくところでした。
後ろの山はもう暗くなり始め、気温も急激に下がっています。
夕日って、見ていると美しいと同時に寂しさを感じます。
物の本によると、森林に住むサルも樹の上から夕日を寂しそうにみるらしい。
これから訪れる漆黒の世界への恐れがそうさせるそうです。
わかる気がします。 暗く気温が低くなり生命維持が困難になる恐怖、安全が脅かされる恐怖。
現代でも山を歩いていていると登山者はみな同じ恐怖に襲われます。
樹上から夕日を眺めるサルの気持ちは良くわかります。
そんなことを考えていると、“漆黒の闇”をおそれてか、早く帰ろうと妙にせっつく娘と帰路に着きました。

Last Update 2012/12/22
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